朝6:50。
これは私が会社に到着する時間だ。
ここ10年ほど毎日この時間に出社しているのだが、毎日私をこの時間に会社に向かわせる、一つの巨悪が存在する。

◇社長という名の老害
私の勤めている会社は、複数の会社から成り立つグループのうちの1つである。業種はバラバラで、小規模な会社だと社員が3〜4人程度、規模が大きい会社で300人程度だ。いずれも社長が同一人物で、複数の会社が入っている築60年ほどのボロビルに毎日出社している。
残念ながら私も毎日ボロビルに出社している。
歳を取ると人はみな早く目が覚めてしまうというのは、誰もが聞いたことがあるだろう。どうやら寝るにも体力が必要らしい。うちの社長もその例外ではない。
なぜ私が毎日6時50分に出社するかというと、社長が7時に来るからだ。社長はお抱えの運転手が運転する高級車に身を任せ、毎日同じ時間に出社する。
会社の自動ドアの前にはグループ会社の社員数名が整列しており、社長が来ると同時にフロア中に響き渡るような爆音で挨拶しながら頭を下げる。もはやどこぞの構成員である。
70歳を優に超え、お金にも時間にも余裕があるのにもかかわらず、毎日毎日朝早く同じ時間に出社する。本当に迷惑な話である。
家にいるよりも会社にいるほうがよっぽど楽らしい。そりゃ社長だから誰にも命令されるわけでもなく、期日や実務に追われることもない。だからといって、毎日毎日会社に来なくてもいいのではないかと思っていたが、家にいると奥さんに小言を言われるから会社のほうが楽…とのこと。
会社には秘書や専属の運転手がおり、至れり尽くせりだ。

◇雑用という名の「介護」
秘書はお茶や食事の手配、掃除やお使いに個人的な雑用まで何でもやってくれる。何ならその日の夜食べるおつまみを作ったり、お酒の買い出しまで行う。
一方運転手は、運転業務の他に社長宅の草刈りや庭木の剪定、ごみ捨てやお風呂を洗ってお湯まで入れてくれる。もはや介護である。
この社長、実は婿養子で先代の会長から様々な会社を引き継いでいる。社長の奥さん=会長の娘さんだ。
この奥さんも生粋のお嬢様体質なのか、社員が家のゴミ捨てや庭の草むしりをしていても朗らかに挨拶する程度で、あまり問題と思っていない。やはり会長の娘だけあって、誰かが何かをやってくれることが当たり前だと教えられてきたのだろうか。
てかゴミくらい自分で捨てろよ。どっちも。

◇朝礼と演説会
朝礼の中に、社長からひとことお言葉をいただく時間がある。これが朝礼の中で最も退屈で辛い時間である。加齢による物忘れが激しくなってきたためか、かなりの頻度で同じ話をするのだが、毎回新鮮な表情と口調で話をするので、私達も今初めて聞いたかのように演技しなければならない。主な内容は、中の国や北の国などの世界情勢の話や、戦争や武器の話が多い。軍事に興味があるらしい。実際に話をしている時間は10分程度だが、体感は3〜40分ほどである。たまに全く違うことを考えすぎて、一瞬記憶が飛んでしまうことがあるが、他の人に聞いたら皆同じ体験をしていた。

◇孤独
「経営者は孤独」といわれることが多い。一般社員との価値観ギャップや腹を割って話が出来る人がいなかったりと、理由も様々あると思うが、うちの社長も客観的に見て孤独に見える。
社長の周りにはイエスマンしかいない。もちろん自分で招いた結果だ。
自分が言ったことはこの世の中で一番正しく、疑問点や質問をしようものなら怒鳴り散らされる。その場では復唱での内容確認か、返事程度しか許されない。したがって、社長からの指示をもらっても、「結局どういうことなんだろう?」「具体的に何をすればいいんだろう?」という状況になる。そのまま憶測で物事を進めるものだから、途中経過を報告した際に修正を求められ、結果怒られる。本当に悪循環である。
社長は週5回ほど外食をしている。もちろん家に帰りたくないからだ。食事には社員が1名誘われ、サシで相手をしなければならない。犠牲になる社員は数名おり、曜日によってローテーションを組まされている。当然サシ飲みのため、その日先発したら完投しなければならない。
毎回政治や軍事、経済や世界情勢など同じ話の繰り返し。私も以前数回お誘いいただいた経験があるが、とても辛かった記憶がある。
基本的には正座で話を聞かなければならないし、料理も社長が手を付けた後、食べても良いとの号令がなければ箸をつけられない。しかも飲食店なのに秘書の作ったおつまみを持参したり、お酒を持ち込んだりとやりたい放題だ。
お酒も自分は高いワインを飲むが、我々下々のものには当然飲ませない。当然お酌はかかせない。それなのに翌日に社長室へ行き、食事のお礼を言わなければならない。お礼を言うのは向こうではないか?と、つくづく思う。そういえば強制参加の忘年会なのに会費を支払わされたこともあった。
そんなこんなで、もちろん腫れ物扱いになり、皆避けるようになった。
同じ店で、同じ人と、同じ酒を飲み、同じ話をしながら夜を過ごす。
幸せの形は人それぞれで、自分の時間をどう使おうが勝手だが、家に帰りたくないという身勝手な理由で他人を巻き込むのは、やはり良くないと思う。
部下は無限にいて、辞めれば代わりがいると思っているのだろう。そんな経営者にはイエスマンしか集まらない。
結局、残るのは孤独なんだと思う。

◇現場とのギャップ
そんな社長と接する上で一番困るのが、全く現場を知らないという点である。複数の会社を経営しているということもあるが、基本的には社長室に引きこもっており、朝礼の時間だけ外に出てくる生活を繰り返している。
現場でどのような仕事がなされているか、誰が何の業務を行っているか、現場でどんな困り事があるのか、全く知ろうとしないし、興味がないのである。
興味があるのは目の前の売上、つまりお金のみ。
常に人員は足りていると思っているし、建物の修繕も最低限使えれば良いという感覚で、そこで働く従業員やお客様への気持ちは何もない。困っても相談できず、仮に相談しても「我慢しろ」で終わってしまう。
現場を知ろうとしないことが一番の弊害であり、老害と言われる原因であるのだろう。

◇記録と証拠
結局のところ、こういった老害がいる限り会社は間違いなく良くならない。だからといってこのまま放置するわけにはいかない。このような状況はすぐに変えることが難しいため、まずは長期戦を覚悟しなければならない。
その中で、今できる最優先は記録と証拠を集めることだ。例えば、あまりに非常識な出社時間や、庭の剪定、ゴミ捨て、風呂の準備などは明らかな業務範囲外の内容であり、許されるものではない。ひとつずつ記録し、証拠を確保する。一見地味だが、警察や労働基準監督署に行った経験から、客観的に見て取れる証拠がなければ第三者機関は動かないし動けないのだ。
また、うちの会社はメーカーの商品を取り扱っているため、あまりに好き勝手やってしまうとメーカーから指導が入る。メーカーに指導される材料を確保し、それこそ労働基準監督署にも改めて相談することも考えている。
そのためには地道な作業が必要だが、一歩一歩、確実に前に進んでいる。

  
  
  
  

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